ATON COLOR®

服作りに関わるすべての工程には、長い時間をかけて培われ、職人達によって受け継がれてきた技術がある。効率化が優先される現代においてはしかし、その技術の素晴らしさは顧みられず、少しずつ失われようとしている。一度失われてしまえば、再生することは叶わない。だからこそ、今も日本に点在する小さなメーカーや工場が持つ技術を残し、伝えたい。そのために私たちは職人とともに仕事をし、新しいアイディアを試し、美しい服を作り続けている。

例えば、染色技術について。天然染料で染められた生地には色の奥行きがあり、私たちがボタニカルカラーと呼ぶ、複雑に折り重ねられたその色は、圧倒的な美しさを湛えて、人間の根源的な感性に訴える力を持っている。

Botanical Dye

自然界に存在する色は、層になっている。その中には、人間の視覚では認識できないものも含まれているが、“見えない色”こそが、美しい奥行きを生み出している。その考え方を天然染色に用いて、20年以上に及ぶ研究の成果として確立したのが、東京・千駄ケ谷にある〈シオンテック〉の創業者・菱川恵介氏だった。たとえ単色であったとしても、色を重ねて表現する。そのために、植物の花、葉、茎、樹皮、果皮、さらに鉱石などの原料がおよそ3000種ストックされている。さらに伊勢神宮内宮の榊や大峰山の笹など、世界中の多様な天然原料から抽出し、染色されたアーカイブは、数万種にも及ぶ。複数回の染色によって同じ色味を表現することは、まったく同じものが存在しない天然原料においては非常に難しい技術だが、〈シオンテック〉には、同じ色味を表現するためのレシピがデータ化されている。

Indigo

本来は県外には持ち出すことができない琉球藍。友禅の職人であった故・吉川慶一氏が沖縄での修行を重ね、初めて琉球藍を京都で染めることが許されたという。水瓶の上に町があると称されるほどの京都の美しい水によって染められるために、その藍は沖縄とはまた違う、モダンささえ感じさせる藍色になる。自然乾燥させた藍の葉を用いて染液を作り、醗酵させる。この工程を職人たちは「藍を建てる」と呼び、「藍の花」と呼ばれる赤みを帯びた泡を合図に、手染めしていく。黄色く染まった生地は酸素との結合によって、藍色へと変化する。その工程を繰り返し、濃度を高め、薄い順に「瓶覗き」「水色」「縹色」「納戸」「藍」「鐵紺」「勝色」など、48通りもの藍色が生み出されていく。吉川氏から受け継がれた技術によって、京都・亀岡では今も職人たちがその手を藍色に染めながら、一枚ずつ琉球藍の美しさを伝えている。

Logwood

かつて黒を表現するための染料は、ログウッドしか存在しなかった。それはナポレオンが纏ったウールのコートの黒であり、この希少なメキシコ産の樹木を取り合って戦争さえ起こったという。ログウッドの黒を、高密度に織り上げたリネンのハリや光沢を保ったまま染め上げるためには、ジッガー染色という原始的な技術で染めるしかない。埼玉県・羽生には140年あまり続くジッガー染色の染工場がある。ローラーに巻きつけたリネンの反物をもうひとつのローラーで巻き取りながら、ログウッドから抽出した染液にくぐらせていく。巻き取り終わったら逆回転させ、再びローラーで巻き取りながら染液にくぐらせる。生地を引っ張りながら染色を行うために、揉み込むような染色方法では得られない、ツヤと光沢が表現される。黒は決して単色ではなく、光の反射によって、多彩な色を放つ黒となる。

Anthurium

熱帯アメリカから西インド諸島にまで分布するアンスリウムには花びらのように蕾を包み込む、仏炎苞(ぶつえんほう)と呼ばれる赤い葉があり、その赤は、淡くも鮮やかなピンクに生地を染める。肉厚で密度の高いコットン生地の質感を損なわずにスウェットを染めるためには、パドル染色と呼ばれる方法が最適だった。東京・小石川には、およそ110年間パドル染色と呼ばれる技術を伝える染工場があり、まるでスウェットが染液の中を泳ぐようにして染められていく。機械に直接当たることなく、また生地が擦れ合わずに染められるために、質感は保たれたまま。まるで生地から染めたように、縫製箇所にさえ、色むらがない。そして、乾燥機を使わずに自然乾燥させるために、肉厚なコットン生地でありながらも上質さを担保している。